mappppyの日記✏︎

長野県の東の方在住 日々の記録や思ったことを書きます 自分の好きを詰め込んだブログにしたい!

我慢するのはいいことですか?苦痛に慣れないために必要なこと。

自分の学生時代を振り返って、思うことがある。

それは「部活をやらなければよかった」ということだ。

正確にいえば、好きでもないことを無理に続けなければよかった。

部活が大嫌いであったが、頑張って引退まで続けたことで、

私は我慢や苦痛に慣れてしまい、それが現在の生きづらさにつながっている。

 

私は中学・高校とバレーボール部に所属していた。

正直言って上手い方ではなかったが、中高ともに3年間毎日部活に励んでいた。

初心者で入部をしたのだが、負けず嫌いの性格から、

同級生の初心者の中で1番に上手くなるために、

部活だけではなく、家で練習したりと熱心に取り組んでいた。

また、当時の顧問の先生をとても尊敬していたので、

先生のためにも上手くなるぞと意気込み、新人戦ではレギュラーを勝ち取ることができた。

 

月日がたち、顧問の先生が転任され、

新しい顧問の先生がきた。

この先生がとても怖い人であった。

暴言を吐き、怒る時はボールやものを投げつける先生であった。

少しバレーボールへの意欲が薄れていたのと、

この先生への恐怖から部活が嫌いになった。

人格を否定されるようなことも言われたため、

「私って不必要な人間なのでは?」と自己肯定感も低くなった。

それでも辞めるという選択肢はなく、3年間続けた。

 

高校生になって私は心機一転、新しいことを始める気満々でいた。

しかし中学時代の先輩の誘いなどもあって、またバレーボール部に入部してしまったのだ。

これが地獄だった。

もうすでにバレーボールへのやる気は無い上に、顧問の先生は中学時代を上回る怖さ。

たくさん怒られ、たくさんコートを追い出され、たくさん無視をされた。

人格否定は日常茶飯事。

これによって私の自己肯定感は地へと落ちた。

本当に毎日部活が嫌で仕方がなかったし、

部活が好きだという人が不思議でしょうがなかった。

それでも「途中で辞めることはいけないこと」という概念に縛られ、

辞めることはできなかった。

 

 

好きでもないこと、嫌いなことを計6年間続けた。

私の学生生活の記憶はグレーのような薄暗い色で、

楽しかったという記憶がほとんどない。

忍耐力は養うことができたけど、我慢や苦痛に慣れてしまった。

我慢や苦痛に疑問を持つことができなくなってしまったのだ。

長年の思考はなかなか変えられない。

それゆえ今現在も何か辛いことや苦痛があっても

耐えるという選択をしてしまう。

社会に出たらある程度の忍耐力は必要だ。

しかし、我慢をしないことも長い人生の中では必要なスキルであると思う。

忍耐が大事と言われることは多いけど、

幸せな人生を送るために、私は我慢をしないことも大事だと思う。

もしあの時の私にアドバイスができるのであれば、私はこう伝えたい。

継続をできることはとても素晴らしいことだけど、

嫌なこと、苦痛だと思うことは辞めて欲しい。

そして、自分が楽しいと思えること、やりたいと思えることを見つけて欲しい。

きっとそれが、自分らしく楽しいと思える人生を送るのに

とても必要なことだと思うから。